大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1829号 判決

控訴人

皆川清治

右訴訟代理人

高橋勲

外二名

被控訴人

東武鉄道株式会社

右代表者

根津嘉一郎

右訴訟代理人

加藤眞

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地が控訴人の所有に属すること、右土地について被控訴人が本件仮登記を了していることは当事者間に争いがない。

二被控訴人は、控訴人から本件土地を買受けた訴外会社の買主たる地位を被控訴人が譲受け右仮登記を了したものである旨主張するので検討する。

控訴人と訴外会社との間に被控人主張にかかる本件土地の売買契約が存在していることは当事者間に争いがない。そして右争いのない事実と〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は自社の沿線に住宅地等を造成するため、かねてより自己の手足となつて土地の購入に当つていた訴外会社に対し、適当な土地を購入し、被控訴人に売渡すよう依頼していたこと、訴外会社は訴外株式会社脇田不動産(以下脇田不動産という。)らを使役して右条件に適合する土地を物色していたが、昭和四二年六月頃本件土地をその候補地として選び訴外株式会社玉喜不動産(以下玉喜不動産という。)を通じて控訴人と折衝した結果同人が売却に応じそうな意向を示したため、被控訴人と相談の結果、まず訴外会社が控訴人から本件土地を買受け、ついで被控訴人が訴外会社からこれを取得することとし、同年一〇月一二日頃右脇田不動産、玉喜不動産を介してこの旨申入れ、控訴人はこれを承諾したこと、そこで被控訴人は訴外会社に控訴人からの買付資金を与えるため同月二五日本件土地のほか控訴人所有の別紙第二物件目録記載の山林を代金一億一一九〇万一四〇〇円で買受ける契約をし、同日内金四四七〇万一四〇〇円を支払つたこと、そして訴外会社は玉喜不動産を介して本件土地及び山林の売買契約上の買主の地位は将来被控訴人に移転することを控訴人に伝え、その承諾を得た上、同月二七日控訴人との間で本件土地を代金五五四五万一五〇〇円で、農地法五条の転用許可を停止条件として、また、右山林二筆を代金四九九一万四〇〇〇円で夫々買受ける契約を締結し、同日内金として一〇〇〇万円宛支払つたこと、そして同年一二月二〇日訴外会社は被控訴人から残代金の支払を受けたうえ控訴人に右各売買契約の残代金全額を完済し、控訴人はこれと引換えに訴外会社に対し、農地法五条の転用許可を停止条件として訴外会社を経由することを省略して直接被控訴人名義に本件土地の所有権を移転することを内容とする停止条件付所有権移転仮登記の申請手続に必要な一件書類を交付したこと、なお右一件書類中には不動文字で「仮登記権利者東武鉄道株式会社と停止条件付売買契約(停止条件農地法第五条の許可があつたときは所有権を移転する)に因り左記不動産につき所有権移転の仮登記を(中略)申請する一切の件。」と印刷され、これに控訴人が署名押印した委任状が含まれていること、訴外会社はその頃右書類を被控訴人に交付し、被控訴人は右書類を用いて本件仮登記を了するに至つたこと、また前記山林については控訴人から直接被控訴人名義に所有権移転登記がなされていること、以上の各事実が認められる。〈証拠判断略〉

しかして右事実によれば本件土地は昭和四二年一〇月二七日控訴人から訴外会社に農地法五条の許可を条件として売渡す契約がなされ、ついで、本件土地の売買契約上の買主の地位が同年一二月二〇日頃訴外会社から被控訴人に譲渡され、遅くともその頃控訴人において右譲渡を承諾したものと認めるのが相当である。

三、四〈省略〉

判旨 五そこで進んで、被控訴人の控訴人に対する請求について判断する。

控訴人が訴外会社に対し本件土地を農地法五条の転用許可を停止条件として売渡し、被控訴人が訴外会社から右売買契約上の買主の地位を譲受け、控訴人がこれを承諾したことは前認定のとおりである。

ところで、農地法は昭和四三年六月一五日法律一〇〇号により改正され(施行は昭和四四年六月一四日)、都市計画法(昭和四三年六月一五日法律一〇〇号、施行昭和四四年六月一四日)所定の市街化区域内の農地の転用については都道府県知事の許可を要することなく同人に対し届出をすることとなつたが(農地法五条一項三号)当該農地の転用が都市計画法二九条の許可を必要とするものである場合には、農地法施行規則(昭和四四年六月一四日農林省令三四号により改正され、即日施行されたもの)六条ノ二第三項により右の届出には該農地の転用にかかる行為につき右許可を受けたことを証する書面を必要とするところ、都市計画法二九条によると、市街化区域において開発行為をしようとする者は都道府県知事の許可を必要とし、かつ、同法三三条は右開発行為の許可基準を規定するが、その一つとして同条一項一三号は、当該開発行為をしようとする土地につき当該開発行為の実施の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていることと定めている。

そうして、〈証拠〉によると、昭和四五年七月三一日千葉県知事により船橋都市計画市街化区域等の決定がなされ本件土地が市街化区域と定められた区域に含まれることが認められ、また、弁論の全趣旨によると被控訴人は本件土地につきその主張にかかる開発行為をしようとしていることが明らかである。従つて、被控訴人としては現在(即ち、本訴提起時ないし本訴の口頭弁論終結時)において、本件土地について所有権の移転を受けるためには、農地法五条の転用許可のかわりに届出を以て足るものの、右届出には都市計画法二九条の許可(なお、弁論の全趣旨により本件においては、同法八六条により権限の委任を受けた船橋市長の許可を受けるべきものと認められる)を必要とし、そのためには被控訴人が本件土地においてしようとする開発行為について控訴人はこれを妨げる権利を有する者に該ると認められるから、同法三三条一項一三号により被控訴人は控訴人の同意を得なければならない。

そこで、被控訴人が右届出をする前提として、控訴人に対し本訴により右の同意をすることを求めることが出来るかが問題となる。本件土地の売買契約当時、また被控訴人が右売買契約上の買主の地位の譲渡を受けた当時、前記都市計画法は未だ制定施行されていなかつたから、右当時控訴人において予め右の同意をしたとかないしは同意をすることを約諾していたということができないことはいうまでもなく、この点は控訴人の主張するとおりである。

しかしながら、契約当事者は、契約を締結した以上契約がその締結時に所期した如く履行されるよう努める義務があるものであり、この理は契約成立後法規の改正により当事者の義務の履行につき新な要件が加えられることとなつても、それが契約本来の趣旨を覆滅するような過大苛酷なものでない限り変るところはないものというべきである。そうして、本件土地の売買契約と被控訴人によるその買主の地位の譲受は既に認定した通り、被控訴人において本件土地を宅地化することにその主たる目的が在つたものであるから、被控訴人が本訴において同意を求めている開発行為は、控訴人にとつては、当初本件土地の売買契約の停止条件とされた農地法五条の転用の許可の内容と実質において逕庭の有るものとは認められない。してみると、本件において控訴人に対し、前記同意をするよう求めても、控訴人に過大の負担を負わせ、当初の契約の趣旨を覆滅する結果となるものとはいえないから、控訴人は被控訴人に対し、本件契約上負担する農地法五条一項三号所定の届出を完了する義務(これは、当初の転用許可申請義務が前述の法改正により改められたものである)の一環として、本件土地において被控訴人のする開発行為に対し同意すべき義務が有るものというべきである。

そうして、前に認定したところからすれば、右開発行為に対する船橋市長の許可があつたとき控訴人は農地法五条一項三号所定の届出手続をし、右届出の受理後本件仮登記に基づく本登記手続をし、かつ、本件土地を引渡すべき義務があることが明らかである。

六そこで、控訴人の権利濫用の抗弁について検討するに、本件土地の売買契約締結後今日に至るまで本件土地の固定資産税を控訴人において支払つていることは当事者間に争いがなく、原審における控訴人本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば訴外会社及び被控訴人は昭和五〇年頃農地法五条所定の転用許可申請ないし届出手続をとらなかつたことが窺われる。しかしながら〈証拠〉によれば、被控訴人は遅くとも昭和四四年以降今日に至るまで毎年本件土地の雑草刈取を行うなど本件土地を管理している事実が認められるしまた控訴人が支払つた前記固定資産税は別途被控訴人に請求しうるものであることを考えると、控訴人主張の事実だけで被控訴人の本訴提起をもつて権利の濫用とすることはできず、他にこれを肯認すべき的確な証拠はない。よつて控訴人の右主張は採用の限りでない。

七してみると被控訴人の請求はすべて理由があるから認容すべく、控訴人の請求は理由がなく棄却を免れないものであるから、これと同旨に出た原判決は結局相当である。よつて本件控訴を棄却し、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(川上泉 賀集唱 福井厚士)

第一物件目録、第二物件目録、被控訴人の開発行為の概要〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例